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Docs11. LLM 内部構造事前学習とスケーリング則

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事前学習とスケーリング則

この記事の目的

事前学習の目的関数(次トークン予測 = 交差エントロピー)と、それを測るパープレキシティの意味を数式で理解し、スケーリング則の系譜(パラメータ偏重 → 計算最適 → 推論時計算)を追えるようになります。あわせて、データ側の影響(量・品質・混合・繰り返し)と、「創発的能力」をめぐる論争(指標の取り方による見かけ説を含む)を整理し、モデルの規模・データ・計算の関係を、投資判断や能力の見積りの「なぜ」に接続できる状態を目指します。

数式は読み下しを添え、読み飛ばしても本文が成立するようにします。分散学習インフラ(並列化の実装)は本記事のスコープ外です(GPU・AI ハードウェアの基礎側)。

対象読者

  • LLM の学習パイプラインを読み、事前学習の「なぜ」を目的関数とスケーリング則で理解したいエンジニア
  • モデルの規模・データ量・計算コストの関係を、能力見積りや自社モデル投資の判断につなげたい人

前提知識

本文

概要: 事前学習は「次トークン予測」の一点

事前学習は、大量テキストで次のトークンを当てる課題だけを解かせる工程です。この単純な目的から言語能力と知識が創発します(LLM の学習パイプライン)。本記事は、その目的関数を数式で押さえ、「モデルを大きく・データを増やすとどれだけ賢くなるか」を定量化したスケーリング則を軸に、事前学習の内部を掘ります。

次トークン予測の目的関数

学習は、系列 x1,…,xTx_1, \dots, x_T の各位置で「直前までを条件に次のトークンの確率」を最大化します。損失は交差エントロピー(平均負対数尤度)です。

L(θ)=−1T∑t=1Tlog⁡pθ(xt∣x<t)\mathcal{L}(\theta) = -\frac{1}{T} \sum_{t=1}^{T} \log p_\theta(x_t \mid x_{<t})

読み下し: 「各位置で、正解トークンにモデルが与えた確率の対数を取り、その平均にマイナスを付けたもの。正解を高い確率で当てるほど損失が小さい」。この損失を、勾配降下で全パラメータ θ\theta について下げ続けるのが学習です。

パープレキシティ(perplexity)は、この損失を指数に乗せた指標です。

PPL=exp⁡(L)\mathrm{PPL} = \exp(\mathcal{L})

読み下し: 「損失の指数。直感的には『モデルが次のトークンで平均何択くらい迷っているか』の有効な選択肢数」。PPL が小さいほど予測が鋭い。ただし PPL はトークナイザテキストとトークン列を相互変換する部品。分割のされ方は言語・内容で大きく変わり、モデル(世代)ごとに異なるため、コスト・コンテキストの見積りは公式のカウント手段による実測を正とする。・データに依存するため、異なるトークナイザ・異なる評価データ間で PPL を直接比較してはいけません(トークナイザとトークン経済)。

スケーリング則の系譜

スケーリング則(scaling laws)は、損失がモデルサイズ NN(パラメータ数)・データ量 DD(トークン数)・計算量 CC に対して、滑らかなべき乗則で下がることを経験的に示したものです。おおまかには次の形です。

L(N)≈L∞+(NcN)αNL(N) \approx L_\infty + \left(\frac{N_c}{N}\right)^{\alpha_N}

読み下し: 「損失は、ある下限 L∞L_\infty に、モデルサイズ NN を大きくするほど小さくなる項を足したもの。NN を 10 倍すると、下限からの差 L−L∞L-L_\infty が一定の割合で小さくなる(収穫逓減)」。データ量 DD・計算量 CC についても同様のべき乗則が成り立ちます。系譜として 3 段階を押さえます。

事前学習とスケーリング則: スケーリング則の系譜の図事前学習とスケーリング則: スケーリング則の系譜の図
事前学習とスケーリング則: スケーリング則の系譜の図
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図の中をスクロールして読めます。キーボードでは図の領域へ Tab で移動し、矢印キーを使います。読み終わったら、この見出しをもう一度選ぶと閉じます。

事前学習とスケーリング則: スケーリング則の系譜の図事前学習とスケーリング則: スケーリング則の系譜の図

係数(べき乗の指数や定数)は、データ・アーキテクチャ・トークナイザに依存する経験則であり、普遍定数ではありません。特定の数値を絶対視せず、「大きくすると滑らかに下がるが収穫逓減する」という形と、「NN と DD はバランスさせる」という含意を押さえます。

データ側: 量・品質・混合・繰り返し

スケーリング則は「データ量 DD」を 1 つの数で扱いますが、実際は中身が効きます。

  • 品質とフィルタリング: 低品質・重複データはトークン数を水増しするだけで損失を下げにくい。重複除去・品質フィルタが効きます
  • 混合(データミックス): Web・書籍・コード・多言語などの配合比が能力の形を決めます(コードを混ぜると推論が上がる等の観察)。配合は設計判断です
  • 繰り返し(エポック)の限界: 良質データが枯渇する「データ制約」下では同じデータを繰り返しますが、繰り返しの価値は逓減し、やがて過学習に転じます。データを増やせない領域でのスケーリングには別の則が要ります
  • 汚染: 評価データが学習に混入すると、ベンチマークが不当に高く出ます(エージェントベンチマークの全体像)

「パラメータを増やせば賢くなる」以前に、見合うだけの良質なデータがあるかが律速になります。これは自社モデルを持つかの判断で「データ優位があるか」を問う理由でもあります。

創発的能力の論争

規模を上げると、小さいモデルにはなかった能力がある閾値で突然現れるように見える現象が「創発的能力(emergent abilities)」として報告されました(Wei ら, 2022)。一方で、この「突然」は指標の取り方の産物だという反論があります(Schaeffer ら, 2023)。

  • 「完全一致で正解/不正解」のような不連続な指標を使うと、なだらかな改善が閾値で急変したように見える
  • 連続的な指標(部分点・対数確率)で測ると、同じ能力が滑らかに立ち上がることが多い

読み下すと: 「能力が本当に相転移的に出現するのか、測り方が階段状に見せているだけなのかは決着していない」。実務的な教訓は、能力の有無を単一の閾値指標で断じないこと、そして自社タスクでは連続的な指標も併用して評価することです(評価データセットの構築と保守)。

学習の計算量の目安

学習に要する計算量 CC(FLOPs)は、パラメータ数 NN と学習トークン数 DD から概算できます。

C≈6 N DC \approx 6\, N\, D

読み下し: 「学習の総計算量は、おおよそパラメータ数 × 学習トークン数 × 6(順伝播 + 逆伝播の係数)」。この式から、NN か DD を増やすと計算量(FLOPs)が比例して増えることがわかります。固定した CC の下では、損失を最小化する NN と DD の配分を選びます。NN と DD をほぼ同じ割合で増やすという含意は、計算予算を増やす場合の話です。実際の学習コストは並列化効率・ハードウェアで大きく変わるため、この式は桁の当たりを付けるためのものです(GPU・AI ハードウェアの基礎・AI の環境負荷とグリーン AI)。

この理解が効く場面

  • 能力の見積り: 「規模を上げれば滑らかに良くなるが収穫逓減する」「NN と DD はバランスが要る」という形が、次世代モデルへの期待値を現実的にする
  • 自社モデル投資の判断: データ優位(良質な DD)がなければ規模を上げても効かない、という律速(自社モデルを持つかの判断)
  • ベンチマークの読み方: 創発の「突然さ」や汚染の影響を割り引いて読む(エージェントベンチマークの全体像)
  • 学習コストの桁感: C≈6NDC \approx 6ND で計算量・コスト・環境負荷の当たりを付ける(AI の環境負荷とグリーン AI)

実務での注意点

アンチパターン

  • パープレキシティを異なるトークナイザ・データ間で比較する → PPL はトークナイザ・評価データに依存し、比較の意味がない → 同一条件でのみ比較し、能力は下流タスクで評価する
  • スケーリング則の係数を普遍定数として引用する → べき指数・定数はデータ・構成依存の経験則 → 「滑らかに下がるが逓減」「N と D をバランス」という形と含意を使う
  • パラメータだけ増やせば賢くなると考える → 見合うデータ(DD)がないと計算最適から外れ、投資が無駄になる → データ量・品質・混合を規模と一緒に設計する(自前学習時)
  • 創発を単一の閾値指標で断じる → 不連続な指標が能力の急出現を過大に見せることがある → 連続指標も併用し、能力の有無を慎重に評価する
  • 学習コストを 6ND6ND の理論値そのままで見積もる → 並列化効率・ハードウェアで実コストは大きくぶれる → 桁の当たりとして使い、実測・提供価格で補正する

チェックリスト

  • 事前学習の目的関数(次トークン予測 = 交差エントロピー)を説明できる
  • パープレキシティの意味と、トークナイザ依存で比較不能なことを理解している
  • スケーリング則の系譜(パラメータ偏重 → 計算最適 → 推論時計算)を追える
  • 計算最適の含意(NN と DD をバランスさせる)を説明できる
  • データの品質・混合・繰り返しの限界が規模と同じく効くと理解している
  • 創発的能力の論争(指標の取り方による見かけ説)を踏まえて能力を評価する
  • C≈6NDC \approx 6ND で学習計算量の桁を当てられる(実コストは補正が要る)

関連トピック

参考資料

TODO・未確認事項